真っ赤な口紅は哀しい色

あっという間に秋ですね。

「東京大茶会」浜離宮恩賜庭園のステージで踊らせていただきました。
日本舞踊「祇園小唄」の振り袖の舞妓さんの曲を踊りました。

白い襟(えり)あしぼんぼりに
かくす涙の口紅も
燃えて身をやく大文字

とてもせつなくてエロティックな歌詞ですね。

本当のことをいうと日本舞踊を踊って、
色っぽかったと言われると何だか落ち着かない。
色っぽく踊ろうなんて思っていないのに、
水っぽいと言われているみたいでどうしよう、
と気持ちがざわっとしていました。

なのに、なぜ色気に直結する真っ赤な口紅を塗るのかということ。
女っぽさを出したいとかではなくて、それは私の生活感を消すため。
お客さまにステージのこちらとあちらという境界線を示すため。
生活感の漂うステージは、他人の生活をかいま見たようでよろしくない。
赤い口紅を甲冑のように塗りこんで「どうぞ観て下さい。」
という覚悟を身につける。
私はそういうものだと思っています。

「真っ赤な口紅は哀しい色」
本当はスッピンで恋人と笑っていられたら幸せなのに、
派手な口紅で生活感を消して生きる女のあり様が、せつなくも哀しい。
そういうことなのかな、なんて。

じっとりとまとわりつような湿度も、ごちゃごちゃうるさいのもNG。
真っ赤な口紅を身につけるならシックでいなければいけない。

私は赤がとても好きでした。
それも信号みたいに迷いのない赤が好きでした。
赤いバックに赤い手帳に赤い携帯、赤しか選ばないから、
プレゼントされたブックカバーも赤で、もうバックの中が真っ赤。

テンションをあげる赤、気弱さを覆って尖ってみせる赤。
女ですからそこんとこどうぞよろしく、と勝ち気に気取る、そんな赤。
シックだったとかではなくて、それは若さに対等する色だったのだと思います。
今の私には真っ赤は少し強過ぎる。

そういえば、指輪を川に捨てた事があります。
ヨーロッパのマーケットで見つけた、とても細かい銀細工のペアの指輪。
あの人の指のサイズがわからなくて、私は何度も自分の親指にはめて首をかしげてた。
ご機嫌にも真っ赤な橋の上から投げたから、
赤い橋を行き過ぎるたびに私はそれを思い出す。

ほらね、真っ赤はやっぱり哀しい色。