髪はカラスの濡れ羽色

寒くなってきましたね。
冬物のジャケットを着ています。

髪はカラスの濡れ羽色、って言うんだよ。
と、子供の頃に時おり父が話していました。
「髪は女の命」と唱う日本の古風な美意識、つややかな黒髪のこと。
だからという訳ではないけれど、私は青いほどの黒髪が好きなので、
10代の頃から父譲りの黒髪の上にブルーのヘアカラーをしています。
してもしなくてもあまり変わらないのですけど。

秋になってからは「自分のなくし方」を探していました。
もっと自由に表現できるようになりたい。
花鳥風月にも風林火山にも、変幻自在な入れ物になりたいと。

そして、秋の終わりに長い髪を切りました。
ずっと髪が長いのが当たり前で私らしさとか女っぽさとか、
いい人とか執着とかこうあるべきとか、しがらみを捨てたかった。
長い髪は好きだけど、譲れないほど大事にしてきたわけではないから。

何年か前にも髪を切りました。
その時は大事な髪を切ったら世界が変わると思ったのに、
タバコもやめられないし、忘れるはずの想いもあれもこれも、
何も変わらなかったのを覚えています。

でも今度は髪を切って自由になれた気がします。
上手く言えないけれど、形のないこだわりとか気負いとか、
「もう(捨てて)いいよね。」と思うようになりました。
それから、寂しいって言えるようになりました。
寂しそうと思われるとプライドが傷つくから、
そういう寂しさをずっと否定していました。
だって、寂しがりの髪の長い女なんて重たくって華がない。
それに髪を切ったせいではないけれど、あんまり寂しくない。

今はやりたいことがあるし、ロマンス映画は一人で観たいの。
だから、お願い。構わないで。ほっておいて。でも独りにしないでね。
なんて。

いつでも自由でいたいと思っています。
それにときめいていて、感情を動かしたい。
昔の女優のようにロマンチックな台詞で考えていたい。
自由はいつだって孤独で、孤独と無縁なロマンもないけれど。

それではまた