花に嵐のたとえもあるさ

お花見はされましたか?

春はいつも可笑しいことが起こる奇妙な季節。
今年も桜の妖気に誘われて、トリックスターが身勝手なワルツを踊リ出す。
なのに私は足もとに積み上げた課題につまづいて、上手く踊れない。
手さぐりさぐりが心もとなくて、気持ちがハラハラとざわめく日々でした。

頼んだつもりのない荷物が届いた時に、聞こえないはずのチャイムがなって、
家の中で小さな火事が起こっていることを知ったり。
いつも何かに守られるようにハザードランプが点滅します。

それから瞑想を始めました。
少しの間目をつぶっていると私の輪郭と存在を感じます。

時々、消化不良の気持ちを誰かに預けたくて話しかけたのに、
欲しい言葉が返ってこない。
そうじゃなくて、そうじゃなくて、、
声にだせないまま、否定もできないまま、
どんどん歯車がかみあわなくなって、もっと孤独になる。
そばにいるのかと思っていたのに遠い。
大人ってそんなものなのかも知れませんね。
言葉じゃなくて、ただ寄り添ってもらいたかったのに。
本当に寄り添いたいのは私自身なのかもしれない。

最近は気持ちに迫るものが好きです。
それに、魔力が足りない物にはかまってられない。
何だか、キレイな形をしているだけのものには惹かれないのです。
気持ちが膨らむような、ヒリヒリと腫れるような踊りがみたいと思う。
気品とサガとエロスがほとばしるような。

それから、曲線で誰かに気持ちに寄り添うような、輪郭をすべり抜けていくような、
しとやかに時にはげしく、誰かに孤独に寄り添う。
そんなパフォーマンスをしたいと思っています。

それではまた